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| 何かをしようとする時、 これをしたらどうなるだろう。 これを言ったら怒られるかな? もし、失敗したら・・・。 と、結果に囚われていることはありませんか。 |
結果を恐れていると、 何もできなくなってしまいます。 どのようなことをしても、 結果は必ず出てきます。 何もしないうちから結果に振り回されるより、 勇気を持って行動してみることが大事です。 |
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2006/06/29(木) 心と体のメンテナンス 梅雨の中休みで、朝から蒸し暑い日でした。こんな日は、何となく体がだるかったり憂うつだったり・・・ということが多いようです。最近、「何となく憂うつで仕方がない」「なんか気分がスッキリしない」ということを複数の方から聞きましたが、皆さんはいかがでしょうか。雨の日は、自分の意識次第で楽しくも嫌にもなるということを先日書きましたが、雨が降らなくてもどんよりとしたうっとうしい日が続くと、それだけで何となく気持ちが滅入ってしまうのでしょうね。 日ごろの鬱積したストレスにさらに梅雨時の不調が加わり、「もう限界・・・!」と悲鳴を上げている人、何らかのストレス解消を試みてはいかがでしょうか。映画鑑賞、音楽会、美術鑑賞といったものではとてもダメだという方は、カラオケなどで思いっきり声を出すのもよいでしょう。あるいは、役者になったつもりで大きな声で1人芝居をするのもよいかもしれません。考えてみると、その他にもいろいろありそうですね。 賑やかなのはどうも・・・という方は、家庭で静かにリラックスタイムを過ごすのもよいでしょう。部屋の中に好きな香りをくゆらせ、好きな音楽を流す。そして、アロマバスなどでさらにゆったりとした時間を過ごします。いつも気忙しい時間を過ごしている方も、他の事は何も考えずに自分のためだけのゆったりした時間を過ごしてみると、案外気持ちが楽になるものです。 心や体のバランスを崩したまま暑い夏を迎えないよう、今のうちに自分で心と体のメンテナンスをしておきませんか。 2006/06/27(火) 誰かが何かをしてくれる 「誰かが何かをしてくれる。自分はその中にいればよい。そんな時代は終わった」 昨日のNHKクローズアップ現代の中で取り上げられた、子どもの事故に繋がる身近な危険や事故防止のために産業界、国、医師、建築家、そして市民の間に大きく広がってきた動きについて、ゲストの大学教授が言った言葉です。 この言葉を聞いた時、ふと「誰かが何かをしてくれるから自分は何もしなくてもよい」という人が、案外多いのではないかと思いました。何らかの組織、団体、サークルに所属し、その中にいることで自分は恩恵を受けることができる。だから、自らが積極的に動く必要はないし、また動くつもりもない。そこに参加するだけでよい・・・と。そのような状況では、自分の思うような方向に進んでくれないと次第に不平不満が溜まり、非難や批判の言葉を口にするようになることもあります。しかし、この時、非難や批判ではなく、自らが積極的に提言し活動に参加していくと、ものの見方が変わってくるのではないかと思います。 もっとも小さな単位である「家庭」を例にした場合、家族の一人ひとりがそれぞれの役割を果たすことで、家庭としての機能が成り立ちます。それを、さらに地域や会社に、あるいは何らかのサークルや組織・団体へと広げていくということになりますが、大きな輪になると、どうしても他人事のようになってしまうようです。 どうして他人事、「誰かが何かをしてくれる」といった風潮が多くなってきていたのでしょう。かつては、子どもも大人も、それぞれが家族の一員として何らかの役割を果たしていました。しかし、今の家庭はどうでしょうか。その辺にも一つの要因があるように思います。 こういった中で、積極的に地域社会や行政を動かしていこうという動きが活発になってきていることは、とても喜ばしいことだと思います。私たちもいろいろな団体に加わっていますが、正直なところ積極的に活動するものもあれば、何となく惰性でやっているもの、自分がやらなくても・・・と、消極的なものもあります。まずは意識を変えていかなければと思います。 2006/06/22(木) 成長しないのは大人? アイちゃんの学校で、災害時に先生が直接保護者を確認しながら子どもを引き渡すための“引取り訓練”が行われたため、昨年同様、アイちゃんの保護者に代わって行ってきました。昨年、校長先生や他の先生が児童や保護者に向かって話している間中、とめどなくお喋りをしている保護者の姿に唖然とした記憶があるため、<今年は、少しはまともに話を聞くのかな?>と期待?して出かけました。 大きな期待を持っていたわけではありませんでしたが、やはり・・・でした。子どもたちの後ろに並んだ保護者の一部の人たちがお喋りをしていただけにもかかわらず、保護者全体がお喋りをしているかのように聞こえました。途中、何回も他の先生が保護者の方に注意をしに来ましたが、それでもお喋りは止まることなく続き、昨年以上にひどかったように感じました。 「校長先生がお話をしています。静かに聞いて下さい!」と、何度目かには怒鳴るように注意される大人を見て、子どもたちはどのように感じたことでしょう。子どもは日々成長しています。その成長の過程で、大人の善い面も悪い面も全て見ています。善い面だけを見習ってくれるとよいのですが、「大人がしているのだから・・・」と悪い面も当たり前のように真似をします。最近の世情を反映し、「道徳教育」が改めて問われている今、まずは大人のための道徳教育が必要なのでは・・・と痛切に感じました。 2006/06/17(土) 形いろいろ、色いろいろ 遅れていた現代レイキの会会員向けニューズレターの発送を済ませ、ホッと一息ついた午後からあじさいを見に行ってきました。昔は自宅の庭に溢れんばかりに咲き競い、青ガエルやカタツムリがたくさんいたのですが、今は外に出て行かなければ鑑賞することができません。鎌倉?高幡不動?どこに行こうか?今日は土曜日、鎌倉は結構人手が多いことだろうと想像し、高幡不動尊に行きました。 多摩丘陵の一角を占める高幡不動尊3万余坪の境内には、7500株、200種類ほどのあじさいが咲き競っていますが、山内の四国八十八ヶ所巡拝路に沿って歩いていくと、様々な種類、色のあじさいを愛でることができます。あじさいまつりが行われている今は、巡拝路のところどころにクイズが設問されており、あじさいを見ながらクイズも楽しめるという趣向が凝らされていました。カエルやカタツムリはいないかと楽しみにしていたのですが、残念ながらお目にかかることができませんでした。 あじさいはまだまだこれからが見ごろ。いろいろな形や色を楽しんでみませんか。ちなみに、今日写してきたあじさいのほんの一部をフォトギャラリーに掲載してありますので、どうぞお楽しみ下さい。 2006/06/13(火) 雨の日 10日に梅雨入りしたものの、当地ではまだ本格的な雨降りとはなりませんが、沖縄地方では大雨による被害がかなり出ているようです。友人のところは大丈夫かな?と、7年ほど前に久しぶりに会った友人の顔を懐かしく思い出しました。 ここ数年、各地で大雨による被害が続いていますが、大雨や台風による被害の恐ろしさを、私も子どものころに経験しています。ですから、雨が嫌いかと言うと、そうでもありません。天気がよいと果物などを作っていた家の手伝いをしなければならず、雨が降ると放免してもらえたので、いつも<雨が降らないかなあ〜>などと思っていたものでした。大雨に見舞われている人々には大変申し訳ないのですが、雨の日は、自分のための時間を楽しむことができました。その名残ではありませんが、今も雨の日は何となく気持ちが落ち着きます。 雨が嫌だと思えば嫌になる。楽しいと思えば楽しくなる。要は、自分の意識次第で楽しくも嫌にもなるということですね。 2006/06/06(火) ホッと一息 4日に行われたNPO 現代レイキの会総会と交流会の前日まで準備に追われていましたので、それらを終えた今、何となくホッとしています。現代レイキの会の仕事は、通常の仕事をやりながらなのでなかなか思うに任せないというのが現状ですが、それでもかかりっきりでやらなければならないこともあり、メール等の返事が延び延びになって、迷惑をおかけすることもしばしばです。 交流会は77名の参加者があり、大人数の高い波動の場の中で、楽しいひと時を過ごすことができました。毎回新規の参加者が増えており、レイキへの関心が高まっていることを感じています。 2006/06/01(木) 衣替え 中学・高校の頃は、衣替えの前日、翌日(6/1)の天気がとても気になりました。衣替えの前、5月は真夏のような暑い日が続いていても、衣替えの日になると、なぜか天気が悪くなることが多かったからです。ですから、今日のような晴天になると、ホッとしたものでした。 この衣替えの習慣は、平安時代の宮中で始まったそうです。その当時は、旧暦の3月までは綿の入った着物。4月から綿を抜いて袷(裏地のついた着物)に着替えたため、4月1日を「綿抜き」と呼んだそうです。 衣替えが新暦の6月1日と10月1日になったのは、明治時代になってからで、軍服や征服を着る人を対象に決められた日程らしいということです。 近年は温暖化の影響か5月のうちから暑い日が多く、6月の衣替えを待たずに衣替えをすることが多くなり、季節の移り変わりを楽しむことがなくなってきているのはちょっと寂しい気がします。 ** 今月のらくがきindexより ** 私たちは、いつもしていることや過去に経験したことを行おうとする時は、心配や不安を持たずに行動に移すことができます。ところが、今までに経験したことがないこと、特別なことをしようとすると、もし失敗したら・・・、もしこうなったら・・・と、その後の結果ばかりが気になり、結局行動に移せないということもあります。結果にとらわれ、結果を恐れていると、何もできなくなってしまいます。 ずいぶん前に、「何をしても、どのような結果が出ても、そのことには関係なく何か言いたい人は言う。そんなことを気にしていたら、何もできないよ」と言われたことを記憶しています。何もしないうちから結果に振り回されるのではなく、淡々と行動してみることが大事ではないでしょうか。 |
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