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| 人が生まれたとき、 それぞれに与えられた役によって、 『人生』というドラマが始まります。 そしてまた、 人生という『歴史』が刻まれ始めます。 |
あなたのこれまでの人生は、 どのようなドラマになっているのでしょう? どのように歴史が刻まれているのでしょう? これから先、 どのようなドラマに、 どのような歴史になるかは、 すべてあなたの心次第です。 |
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2005/07/30(土) 関東現代レイキ交流会に104名参加 10回目の関東現代レイキ交流会が行われました。今回の参加者は、総数104名(大人99名、子供5名)でした。10回というのは、当たり前のようで当たり前ではありません。参加するかたも少しずつ変わっていますが、休みなく必ず参加してきたかたもありました。少しずつ、レイキが浸透していく手ごたえを感じます。 この関東現代レイキ交流会は、今まで私たち現代霊気法マスターのグループが主催してきましたが、NPO現代レイキの会設立に伴い、マスターグループとしての開催は、今回をもって終了となりました。次回からは、NPO現代レイキの会の主催となります。主催が変わっても、交流会自体はこれまでと何ら変わることはありません。今後も、皆さんの積極的参加をお待ちしております。 2005/07/27(水) 台風一過の猛暑 台風の影響で、一昨日夕方から昨夜まで、かなり強い雨が降りました。幸い、何事もなく過ぎ去ってくれましたが、台風一過の今日は、日中気温がぐんぐん上がり、各地で猛暑となりました。この数日間、はっきりしない天候が続いていましたから、久しぶりの太陽が余計厳しく感じられました。 以前から、よく「名前を名乗らずに電話やメールで質問をしてくる人」のことが話題になっていますが、相変わらず後を絶たないようです。当方にも、時々その種のものや、偽名、偽住所、偽メールアドレス等により質問や問い合わせをしてくる人があります。電話に出ると、名前も名乗らずにいきなり浴びせかけるように質問をしてきますが、せめて自分の氏名を名乗ってから質問をするくらいの礼儀と常識を身につけてほしいと思うのは私どもだけでしょうか。 自分の氏名、どの系統の霊気をどの段階まで受講し、どのような疑問が生じて質問をしているのかなどを、感情に任せて言うのではなく、冷静に順序だてて話してほしいものです。それ以前の問題として、まず自分の師に、納得のいくまで質問してみることもお忘れなく・・・と言いたいところです。 2005/07/21(木) 夏の健康管理をしっかりと 夏風邪が流行っているようです。今の風邪は、喉が腫れて熱が上がったり下がったりと、なかなかすっきりしないようです。医者に行くと、受付のお姉さんたちもマスクの下で鼻をグシュグシュさせていたとか。梅雨が明ける前からジトジトと蒸し暑く、梅雨が明ければ明けたで暑いので、汗をかいた後の冷房や、就寝時に冷房をつけっ放しにしておいて風邪をひく人も多いのではないでしょうか。 夏は昼時間が長いのでどうしても睡眠時間が短くなったり、暑さのために寝苦しくて睡眠不足になりがちです。睡眠不足に暑さはこたえます。案外疲れやすい夏こそ、しっかりと休養を取るよう心がけるとよいと思います。昼間、15分程度の昼寝をするだけでもかなり違うそうです。仕事をしている方はなかなか難しいことと思いますが、昼食後のちょっとした時間を当ててみてはいかがでしょうか。 2005/07/18(月) いつのまにか このところ煩雑な日々を過ごしているせいか、あっという間に時間が、一日が過ぎてしまいます。先のことをあれこれと心配して考えることもなく、瞬間瞬間を、自分に与えられた役割をこなしていくことのみです。いろんなことにとらわれずに、今日一日を大切に生きていきたいですね。 2005/07/10(日) みんなびっくり 毎月定例の、池袋での「ヒーリング実習とレイキを楽しむ会」の日でした。ヒーリング実習を始めてしばらくするとドアが開いたので、どなたか遅れて来られたのだなと目を向けると、なんとそこには、思いがけない土居先生の姿がありました。 みんなビックリ! そして、たちまち嬉しさいっぱいの顔・・・。 出版社との打ち合わせのために上京された先生が、何の予告もなしに来てくださいました。土居先生とは何回かお会いしている方も、まったく初めての方もいらっしゃいましたが、先生からお話をお聞きしたり霊授を受けたりして、皆さん満面の笑みに溢れていました。驚きながらも、嬉しさ百倍といったところでしょうか。 土居先生、ほうんとうにありがとうございました。 いつも参加しているのに今日は参加できなかった方は、きっと残念に思われたことでしょう。 2005/07/08(金) 「気づく」ということ パソコンの不調で、パソコンを使用しての作業が思うように進みませんでした。昔のように、すべてを手書にしていたころ、そしてワープロを使っていたころと比較してみると、現在ははるかに便利な生活をしています。ところが、いつも当たり前のように使っているものが使えなくなると、片腕をもぎ取られたような不自由さを感じ、より一層ありがたみを感じます。 私たちは、他者との人間関係を通して、自分自身の病気を通して、また日常の中のちょっとした出来事を通して、さまざまなことに気づかされます。小さな子供から教えられることもたくさんあります。いかに、どれだけの気づきができるかということが、その人の成長に大きくかかわってくるでしょう。何事にも目を背け、現実から逃避することは、気づきの機会を逸することになります。初めは、例え5本指の隙間からそっと見る形からでも、次にはしっかりと現実を見、真実を見る姿勢を保てるようになるとよいですね。 |
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2005/07/01(金) 子どもらしさとは? 「子どもは子どもらしく」ということばは、今は死語のようになっています。「子どもらしさ」とは、いったいどんな子供のことを言うのでしょう? それぞれの年代により子どものころの世相も過ごし方も違うことと思いますが、子どもの時にどのように遊び、どのような体験をしたかが、大人になってから案外影響することがあります。 かつて子どもは、自然の中で、自然と一体となって、暗くなるまで真っ黒になって遊び、男の子などは生傷が絶えないものでした。悪戯が目に余ると、親ばかりか近所や通りがかりの人なども、遠慮なく注意したり叱ったり、地域社会のみんなで子どもを育てているようなところがありました。他人から自分の子どもが叱られても、決して恨んだりすることはなく、むしろ感謝するくらいでした。もちろん、家の手伝いも至極当然のようにしていました。こうして子どもたちは、事の善悪や友達への思いやり、小さい子どもへのいたわり、命の大切さなど、さまざまな形で学んでいきました。 今の子どもたちはどうでしょう? 「ゆとり教育」とは言うものの、学校が終わると塾のかけもち、習い事、ちょっと時間があるとゲームに打ち興じているといったところでしょうか。なかには、大人の前では「善い子」の仮面をつけ、大人の目の届かないところでは、いじめや非行の前兆とも言えるような行為をしている子どももいます。俗に「ふつうの子」といわれる子どもの、驚くべき事件も多発しています。超少子化の影響か、過干渉や過保護となって子どもを大人の思うとおりに育てようとし、結局子どもの心をしめつけ、裏表のある心をつくっています。 自然と親しみ、時にはずぼらに、もう少しのんびりと過ごせる時間が持てないものかとかんがえます。「そんな悠長なことを言っているのはだれだ?」と言われるかもしれませんが、子どもも大人に負けないくらいストレスを溜め込んでいます。まずは、大人が気持ちにゆとりを持って、子どもに接していきましょう。大人が穏やかな心でいると、子どもも安心します。 |
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