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2003/5月
二度と来ない
今日というこの日
この一日を
百日のように生きたい    
星野富弘詩画集より

虹を見た? 2003/05/31(土)

 5月に台風が上陸するのは珍しいと言いますが、その台風の影響による大雨の最中、7年に1度の長野善光寺のご開帳最終日に行ってきました。車中にいる間は雨が降っていましたが、善光寺に着くと予想通り雨が止みました。回向柱にさわった後、1時間以上並んでやっと前立本尊(一光三尊阿弥陀如来)に参拝できました。7年に1度の前立本尊との有難い結縁ができた訳です。大仕事を終えた気分での帰途、バスの車窓から素晴らしい光景を目にすることができました。「善光寺ご開帳と台風と虹」とても心に残る旅でした。

         
 
「好きなこと」と「興味あるもの」 2003/05/21(水)

 いろいろなことに挑戦してみるけど長続きしない。自分は飽きっぽいのかな〜?…と思ったことはありませんか?そんな時、ちょっと視点を変えて見てみるとどうでしょう。単に興味を持って取り組んだものと、好きで取り組んだものとでは、自ずとその後の行方は決まってくるかもしれません。もちろん、興味が先にあり、やってみたら面白い。続けるうちに好きになってしまったということもあるでしょう。簡単に「自分は飽きっぽい性格」などと決め付けずに、出発時点をちょっとみつめ直してみてはいかがでしょう。


受け取ったものの意味 2003/05/20(火)

 「執着する心から自在な心へ」のNo2。前回、自分が大切にしていた何かを手放すに至るには、手放すものと手放されたものの両方に、それなりの理由や必要性があると書きました。
手元から離れたものは、違う人の手に渡るかも知れません。このことを逆の立場で考えてみると、誰かの手から離れた何かが自分の手元にやってくるのには、どのような理由や必要性があるのでしょう。やはり、そこにも大きな意味があると思います。受取った者にも、そこにきたものにも、何か大切な課題・学びを与えられたのかもしれません。その現実をしっかりと受け止め、一喜一憂することなく自在な心でみつめていくことが大事なのではないかと思います。

憂い? 2003/05/16(金)

 ある方が、「昔は人を怒ったり注意する時は、そっと呼んで皆にわからないように注意したものだが、今は皆の前で見せしめのように、まるで生け贄のようにしている。私はとても見ていられません。そんなふうにしなければならない世の中になってしまっているのですね。何もかもおかしな世の中だ。人間にとって一番大事な心、思いやりなど、家庭で育まなければならないことを、親は全く軽視している。だから、平気で殺人でも何でもやってしまうのだ」と憂えていました。この言葉を聞き、私も確かにその通りだと思いました。私が子どもの頃、親の姿を見て学び取ったように、我家の子どもたちにも同じようにしてきたように思います。言葉で一つ一つ指し示さなくても、しっかりと学び取っていくものです。お子さんをお持ちの皆様は、どのようにしていらっしゃるのでしょう?


雨、あめ、アメ… 2003/05/15(木)

 奄美地方は既に梅雨に入っていますが、例年この時期になると「梅雨の走り」のようによく雨が降ります。動けば汗ばむ。しかし、じっとしていると肌寒くさえ感じます。高齢の母は、「足が冷えるので電気あんかを出した」と話していました。確かに不順な天候は、高齢の方に限らず体調を崩しやすくなります。この雨を、皆さんはどのように感じているでしょうか? 少女のころの私は、雨が降ると文学少女気取りで詩作に励んだものです。雨の日も、自分の意識の設定次第で、楽しくも鬱陶しくも感じられます。どうせなら、心の中に楽しいスクリーンを描きたいですね。


レイキへの関心 2003/05/10(土)

 今日は「レイキを楽しむ会」を行いました。先日完成したCDを使っての技法は勿論ですが、大変よい波動の場の中でレイキを楽しむことができました。既にレイキを実践している方々の参加はもちろんですが、未受講の方々の参加が多く、レイキへの関心の深さとレイキが確実に広まっていることを嬉しく思いました。
 
執着する心から自在な心へ 2003/05/08(木)

 昨年、このらくがきに「ほんとうに人間が幸せになるためには、物事に執着しない自在になれる心を自分のものにしなさい」と、お釈迦様が教えていたということを書きました。あれが欲しいこれが欲しい、あるいはこれだけは手放せないというような欲望をふり捨てることで、とても気持ちが楽になり、自由になれるというのです。
 ところが、あれが欲しいこれが欲しいという欲望は多少捨てることができても、これだけは捨てられないという欲望に負け、そのものへの執着心にがんじがらめにされてしまうことが多々あるように思います。自分がこれまで大事にしてきた考え方、心、あるいはものを手放すことは、大変難しくもあり耐え難いことです。しかし、手放すに至るには、手放すものと手放されたものの両方に、それなりの理由や必要性があります。私自身、過去にこの思いに囚われたことがありました。なぜ手放さなければならなかったのかを冷静に考えた時、ハッとしました。
自分の中に「これが自分のところにあるのは当たり前」という慢心に満ち溢れていたように思いました。自分の手から離れたものの気持ち(たとえ品物であっても)など考えていませんでした。どちらにとっても、その必要があったからこそ手放すことになったのですね。そのことに気づいた時、とても気持ちが軽く、楽になりました。もし気づいていなかったら、おそらくその持ち主となった人を怒りなどマイナスの気持ちで見ていたことでしょう。何かに執着している時は、決して自在になれる心は自分のものにならないのですね。


クレマチス 2003/05/04(日)

相模原麻溝公園の特色の一つである「クレマチス」のフェアに行ってきました。5月は、クレマチスの多くの品種が、最も彩り美しく花開く時期で、公園内には約200種、7,000株の色とりどりのクレマチスが楽しめます。ここに載せたクレマチスはごく一般的なものですが、中には同じクレマチス属のものをかけあわせてできた、「えっ、これがクレマチス?」というような変わった品種もありました。公園内で「花の種プレゼント」があると知り、クレマチスの種をいただけるものと期待して並んだのですが、いただいた種の袋を見てガッカリ。コスモスとホウセンカの種でした。  
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童謡 2003/05/03 (土)

 今日は珍しい光景を眼に、耳にしました。外出先で電車に乗ると、蓮向かいに座っていた幼い女の子が童謡などを次々と歌い始めました。子どもが童謡を歌うこと自体は、決して珍しいことではありません。「咲いた、咲いた、チューリップの花が…」「山寺の和尚さんが、毬をつきたし毬はなし…」<えっ、今でもこの歌が歌い継がれているんだ?>と懐かしさに聞き入ってしまいました。電車は比較的空いており、乗り合わせた人たちも嫌な顔をせずこの光景をみつめていました。今の世の中の状況では、もしうるさがられたりすると最悪の事態になることも考えられますが、何とも和やかな、穏やかな雰囲気の車中でした。


薫風2003/05/01(木)

 新緑、若葉の季節、風薫る5月……、この季節を表す言葉はたくさんあります。1ヶ月前の風は肌寒さを残していましたが、今は若葉、新緑が爽やかな風に揺れ、「風薫る」という言葉がピッタリです。連休にわざわざ遠くまで出かけなくとも、近くの自然の中に足を踏み入れてみるのもよいですね。「灯台下暗し」案外身近なところに、今まで気がつかなかった発見があるかもしれません。

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